Monday, April 22, 2024

最後のブログ・今学期の反省や将来へ

えぇ、本当に早く終わってしまったね。

 大学に入学してからずっと日本語を勉強していますが、特にUSCで勉強してからはずっと同じ同級生や先生と一緒にも勉強して行きました。私の大学生活はほとんど日本語授業だから素晴らしい経験をしてくれた皆さん、に感謝したいと思います。USCにいる間、私はたくさんの素晴らしい授業を受け、素晴らしい人々に会い、カタリナや京都などの素晴らしい場所に旅行することができました。このままを続けたいけど、時間は止まりませんよ。


                                             カタリナ島                                       八坂の塔、京都

 今学期はとても難しかったけど、いつも通り楽しかったです。将来も日本語を練習して使い続けたいと思っています。そう言えば、将来なら、たくさん楽しいことがありますよ。第一に、私は卒業しますがジョさんとバーバーさんと来年一年間早稲田大学に留学する予定です。とても楽しみにしていますし、日本語の能力も向上させながら、すばらしい思い出をたくさん作ることができればと思っています。誰かが東京に行くことがあったら、私のところに来てくださいよ! さらに東京のおすすめがあれば、教えてください!


 それから、私の専攻は考古学だから、考古学に関して夏の間カリブ海に発掘調査に行く予定です。日本とアメリカ以外の国に行ったことがないので少し緊張していますが、現場で研究することがとても楽しみです。とてもむし暑いと聞いていますが、海で泳ぐのがとても楽しみです。来年以降どうなるかはあまり分かりませんが、大学院、おそらく USC に進学する予定かもしれません。どこでも行けば、今後が楽しみです!

プロビデンス島 コロンビア

じゃあ、時間が経つにつれて、皆さんに会えて嬉しかったです。頑張ってね。

本当にありがとうございました。

キャリー



Monday, April 15, 2024

イースター島の工芸:モアイ

 


 誰かがイースター島について考える時、第一の特徴はモアイと知られている。モアイというのは大きくて人面のような石像で、多くの人にとって、それらは非常に特徴的であり、イースター島を連想させる。最もユニークな特徴は、長い鼻と耳、大きな眉、高い頭だ。歴史に関して、1250年か1500年から存在しているとされているけど、意味と作ったための理由がないと思っている。それから、他の大切な質問があって、いったいどうやって作った?

                                                            モアイを作る所「ラノ・ララク」

 何十年もの間考えられなかったが、最近考古学者はラパヌイ「イースター島の人」がどのようにしてそれらを建設したのかを解明「かいめい」した。モアイは火山灰から彫られ、機械なしでどこかに移動された。その時、ラパヌイ人はモアイを現在の場所までゆっくりと「歩いて」行った。ちょっと変に見えるけど、とても印象的だね。

モアイの「歩いて

 だから、工芸なら、多くの本物のモアイは大きいから、自分で作るのが考えられないですが、小さいモアイを作ってはいいかもしれない。最近砂岩「sandstone」で作ってみたんですが、全然完成しなかった。いつかイースター島にモアイを見に行きたい。



Monday, April 8, 2024

作り物:魚拓・ぎょたく

 私はまだしたことがありませんですが、魚拓という作り方が面白くて説明したいです。そう言えば、魚拓は和紙にすみ「ink」を使って魚をプリントする技法です。歴史を考える点から、魚拓はりょうし「fishermen」がぎょかくりょう「catches」を文書するために使用しました。だから、現在、魚拓はとてもきれいな芸術です。作り方に関しては、ほとんどにはわかりやすいです。

作る前に、必要なものがいくつかあります。

  1. 和紙

  2. 墨・すみ「ink」

  3. 魚、または植物や動物などの他の生物

作り方なら、第一に、魚をきれいにして、墨をぬります。次に、湿らせた和紙に魚を入れて押し込み、魚拓を作成します。以上の手順で魚拓が完成します。皆さん、してみたくて下さい。


                            タコの魚拓                                                    マグロの魚拓



Monday, April 1, 2024

日本の伝統工芸:「浮世絵」

 私は日本の伝統行芸について考えると、ほとんどの場合浮世絵です。日本に行った時に、本屋で浮世絵の本を買ったら、とても美しいと思った、興味があります。また、日本の芸術スタイルについても考えるとき、浮世絵のことが世界中考えられています。浮世絵はほとんどのアート スタイルと比べて大きく異なり、それが日本独自のものとなっています。歴史なら、平安時代から存在していましたが、普及し始めたのは江戸時代頃からです。具体的には、X は日本の風景、文化、生活を描写する傾向のある木版画を指します。最も人気のある浮世絵師は北斎、広重、歌川で、最高の有名な浮世絵はおそらく神奈川沖浪裏を知られています。他の有名浮世絵は富嶽三十六景です。色々な浮世絵があるから、たくさんの浮世絵を見せたいです。

                            神奈川沖浪裏、北斎                                               凱風快晴北斎                     
                                            夜の雪、広重                         三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛、写楽              
     岩戸神楽の起顕、歌川                     相馬の古内裏 妖怪がしゃどくろと戦う大宅太郎光圀、歌川
浮世絵の作り方











Monday, March 25, 2024

外国から日本に導入したもの・お寿司でノルウェーサーモン

                                                     大西洋「北」対して太平洋「南」サーモン
 私はお寿司を食べに行く時、ほとんどサーモンを注文します。実は私はサーモンの方がまぐろよりおいしいので好きです。だから、多くの歴史のほとんどにおいて、1995年までにサーモンが使われなかったです。その前に、太平洋でのサーモンは寄生虫がたくさんいるから、全然食べられませんでした。現在、ほとんどの寿司で使われるサーモンはノルウェーから来ます。なぜノルウェーなのでしょうか。

 
                            サーモンにぎりお寿司                                          ノルウェーサーモン

 ノルウェーは1955年にサケの養殖を開始めて、ノルウェーはサーモンが多すぎるから、1980年代までに最初安全な生魚の消費を日本に宣伝しました。1995年までノルウェーのサーモンは寿司で食べられていました。それ以来、サーモンは急速に寿司で最も消費される魚となりました。それから、アメリカ人はサーモンと関係がありますから、アメリカでもとても人気があります。おなじみの味は寿司の入り口でもあります。ノルウェーを通して、サーモンは世界中で有名なお寿司になりました。

Monday, March 18, 2024

伝統的な食べ物:天ぷら

 アメリカで生まれた私は、揚げ物をたくさん食べて育ちました。そのため、日本食を食べる時はいつも天ぷらを楽しみます。天ぷらというのは、魚介類「ぎょかいるい・seafood」や野菜などの揚げ物のほとんどです。天ぷらは和食と思られることが多いですが、戦国時代にポルトガルのキリスト教の司祭を通して日本に輸入されました。ポルトガル人は卵と小麦粉、そして油で揚げる方法を持って来ました。天ぷらと共に、くしかつやかつやフライなど揚げ物方法も日本で発展しました。現在、ほとんどの場合、天ぷらはソースと一緒に食べられています。それから、日本で、天ぷらは屋台、レストラン、種類の場所で見つかります。

                昔の天ぷら            くしかつ                                    カツ     

 天ぷらには、様々な好きな材料が少なくないです。例えば、最も人気のある肉はエビ、イカ、魚、カニ一方で、野菜はだいこん、さつまいも、カボチャなどです。天ぷらのさらに人気の楽しみ方は天丼です。誰にとっても全部おいしいと思われています。


カニ                     野菜

 アメリカ人はフライチキンのような食べ物が大好きなので、天ぷらはとても人気があります。日本と比べて、アメリカで多くの同じ材料が使われているけど、ズッキーニ、ブロッコリー、アスパラガスなどの西洋野菜もたくさんあります。だから、子供の時、日本を知っている前に、父は私の家族にスーパーから冷凍天ぷらを買ってきました。とてもおいしかったと思います。その上、私は天ぷらが大好きでやめられませんでした。

アメリカでの冷凍天ぷら



Monday, March 4, 2024

私が好きな歴史上の人物 :伊達政宗「だてまさむね」

 最近、日本歴史クラスを受けて、戦国時代について学びました。本当に面白いと思います。だから、本とんどの場合、その頃の有名な人は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という大名がいるけど、他の小大名についてはあまり話しません。これらの小さな大名のうちの伊達氏の伊達政宗で、東北地方を制御し、現在の仙台を作りました。伊達政宗はユニークな三日月の兜と片目しかなかったと知られていて、よく「独眼竜」と呼ばれていました。

 

                          独眼竜政宗                                       独眼竜政宗というドラマ

伊達政宗は、戦国時代の出来事を通じて、徳川や織田のような人々とは戦わなかったが、関ヶ原の戦いでは徳川とともに戦った。それにも関わらず、伊達氏は徳川政権の関係と親しくはなかった。伊達政宗に関する興味深い事実の一つは、キリスト教に非常に興味を持っており、ローマの教皇に手紙を書いたことさえあるということでした。だから、徳川がキリスト教を禁止した後で、伊達政宗は法律に従わなければならなかった。今日にまで、X は戦国時代の伝説的な大名の一人であり、仙台の創設者であると考えられており、そこには彼の銅像が建てられています。いつか本当に見てみたいです。

                                    仙台での                                伊達氏の地図



最後のブログ・今学期の反省や将来へ

えぇ、本当に早く終わってしまったね。  大学に入学してからずっと日本語を勉強していますが、特にUSCで勉強してからはずっと同じ同級生や先生と一緒にも勉強して行きました。私の大学生活はほとんど日本語授業だから素晴らしい経験をしてくれた皆さん、に感謝したいと思います。USCにいる間、...